ロシアンメソッドって何??(1 )

ロシアンメソッドは、なにか特別なテクニックを使っているものではありません。

 
そして、一口に「ロシアンメソッド」といっても、明確な定義を持つものでもありません。
 
 
ただ共通の認識としては、
「腕の重みを効率的に鍵盤に伝えることにより、豊かな音色を作ることを重視したメソッド」といえるでしょう。
 
 
今回は簡単に楽器の歴史を交えながら、ロシアのピアニズムの興りと伝承についてお話したいと思います。
 
 
 
まず始めに、ピアノはクラヴィコードやチェンバロといった楽器を起源とする鍵盤楽器です。
 
鍵盤楽器の特徴の一つとして、
弦楽器や打楽器に比べその作りが非常に複雑であることが挙げられます。
 
そのために、技術改新の要素は非常におおく、革新が繰り返されてきた歴史があります。
 
楽器自体の構造や材質、そして発音の方法に及ぶまで、実に何世紀にも渡り激しい変化を遂げて来た楽器なのです。
 
 
ここまで変化の激しい楽器というのは他に類をみないと言えるでしょう。
 
 
チェンバロでは、鍵盤を押すことで押し上げられる、爪が弦を上に向かって弾くことで発音が得られました。
 
それがフォルテピアノでは、弦を弾くのではなく、叩いて発音するようになってしまったのです。
 
 
そうして、それと同時に鍵盤楽器が「打楽器」としての一面を持ち合わせるようになったのです。
 
 
 
そんな、楽器の中身の大きさにも関わらず、楽器の表面である鍵盤の構造においては
その白と黒が入れ替わり、幅が広がった
というくらいの変化しかありませんでした。
 
そのために、鍵盤を押すテクニックの伝承は、チェンバロ的な奏法に由来してきたのです。
それは長きにわたり楽器の進化を共にしてきた西ヨーロッパにおいては自然な流れであると言えるでしょう。
 
 
それに対して、ロシアにおける鍵盤楽器の歴史は西洋のそれからは大きく後れをとったものでした。
そんなロシアのピアノ芸術の歴史を一気に切り開いたのはアイルランド人でピアニストで作曲家のジョン・フィールド(1782-1837)でした。

作曲家でありピアニスト、フォルテピアノの製造業をも営んだイタリアの音楽家ムツィオ・クレメンティ(1752-1832)が、弟子であったフィールドと共に自身の楽器のプロモーションの為に、旧ソビエトに楽器を持ち込んだのでした。

フィールドはそのままロシアはサンクトペテルブルクに留まることを決意し、ロシアの地でその演奏技術を普及させ音楽家を育てていったのでした。

彼の直系の弟子には、ミハイル・グリンカ(1804-57)やアレクサンドル・デュビュック (1812-98)があり、さらにデュビュックの弟子にラフマニノフやスクリャービンを教えたニコライ・ズヴェーレフ(1832-93)や、ミリイ・バラキレフ(1837-1910)があります。

ロシアに於けるピアノ奏法の興りがフィールドであったことの功績はあまりに大きく、そこから脈々と受け継がれてきたピアニズムは現代ロシアンピアニズムと呼ばれる奏法の礎を築き上げたのです。
 
ピアノの奏法が、チェンバロ的な奏法からの派生してきた形ではなく、あくまでも「ピアノ」として扱われ、徹底的に伝承されてきたことは、ロシアのピアノの歴史の中で一つ大きな特徴であるといえるでしょう。

では、ロシアンメソッド、つまりロシアピアニズムとはどんなものなのでしょうか。

ロシアンメソッドって何??(2)~重量奏法~

に続きます。


(「ピアノは打楽器」では、ピアノの合理的な奏法を紐解き、理解するのに役立つと思います。是非ご参照ください。)
 
 
 
松岡音楽教室
松岡優明(ゆうま)

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