グランドピアノの仕組み
- 音をマスターすることは、ピアニストが解決しなければならないさまざまな問題のなかで、最初に手がけるべき、最も重要な課題です- ゲインリッヒ・ネイガウス
グランドピアノの鍵盤を押すと、
向こう側に取りつけられたハンマーが梃子の原理により上に投げ出され、ピアノ線を打ちます。
つまりピアノの音の
強弱 や 色(倍音の響きの量)、といった
音の濃淡のすべては「ハンマーがピアノ線をどう打つのか」
によって決まってくることになります。
(鍵盤がハンマーを動かすメカニズムについては、以下の動画がオススメです。英語表記ですが、視覚的に非常に分かりやすいです。)
ピアノの音が生まれる瞬間
「あまりにもゆっくりと鍵盤を押すこと」
によって、ハンマーがまだ弦を打っていない「現象」が起こります。
その打鍵速度を徐々に速めていくことで、
やがてハンマーが弦に触れる瞬間と出会うことになります。
〈pppp〉非常に小さな音の誕生です。
ロシアのピアニストであり、リヒテルの師でもあったゲインリヒ・ネイガウスはピアノのテクニックについてこのように説きました。
『 「もはや聞き取れないような音」、そして梃子の原理によって、楽器が許容できうる限界を超えたスピードでかつ深く鍵盤を押されたときの「もはや音ではない音」との間に、音の濃淡、そしてピアニストにおける全てのテクニックがあるのです。ーゲインリヒ・ネイガウス』
ピアノという楽器は、
弦楽器や管楽器、打楽器よりも 楽器自体の構造 が複雑になっており、
肝心な発音部分である ハンマーと弦 は演奏者が操る鍵盤からは遠く離れています。
このような理由から、
発音に直接かかわる感覚は、
楽器と長く付き合えば付き合うほど、希薄になってくる
ことが多いように見受けます。
では実際にピアノの中身ってどうなっているのでしょうか。
ピアノの発音の仕組み
まず、ピアノの鍵盤 を下げると、
鍵盤の向こう側に取り付けられた
ジャック が ハンマー を押しあげます。
押し上げられたハンマーは弦に向かって投げ出され、弦と接触することで、発音が得られます。
今日のグランドピアノでは、ハンマーは鍵盤を下に押す速度の約6倍の速度
で投げ出され、弦を打ちます。
そして、弦を打ったハンマーは 重力と弦の反発力 によって、自動的に下降します。
ピアノの音を構成するもの
ピアノの音を構成するものはなんでしょう?
弦の振動のみでしょうか?
実は、ピアノの音を構成する要素は大きく分けて
4つ数えることが出来るんです。
「ピアノの構造」と「発音方法」を踏まえ、
ピアノの音を構成する要素を詳しく見ていきましょう。
-
- 弦の振動による「響き」
これが、勿論 ピアノの響きの核となる「音」です。
弦の振動が空気を振動させ、空気を介して響きとなり、
私たちの耳に届きます。
聴衆に届いているのは、「音」ではなく「響き」 - 指が鍵盤に触れるときに鳴る「上部雑音」
打鍵の際に、鍵盤の表面に指が当たるときになる音です。
純粋な弦の響きに対し、「雑音」と表現される「音」の一つです。 - 鍵盤が戻るときに鳴る「反動雑音」
下がった鍵盤が、再び上がりきったときに鳴る「ベコン」というような音です。
これも 2.と同様に 「雑音」 にあたる「音」です。 - 鍵盤が底を突くときに鳴る「下部雑音」
鍵盤が底に達しても尚、力を加え続けると鳴り響く「打撃音」、
これが「下部雑音」です。
- 弦の振動による「響き」
以上の4つがピアノの音色を構成するときに考慮すべき4つの音になります。
4つのうちの3つは雑音であったわけですが、
この雑音のうちでもっとも大きな音であり、 打鍵に際して大いに考慮するべきもの の一つが
「下部雑音」です。
打鍵における雑音が音に与える影響
では、以上のような雑音が混じることで、「音」の聞こえ方は実際どのように変化するのでしょうか?
私たちピアニストは、そんな素朴な疑問の答え
「打鍵の仕方とその音の関連性」
を、楽器と長い時間触れたけ経験から、 体で覚えています。
「下部雑音」をふんだんに含んだ響きがどんな風に聞こえるのか、
あるいは、「加速度をつけたタッチ」 がどんな音を出すのか、
打鍵する前から知っているのです。
このようにして、得たい音色に合わせ、
体で覚えてきた「タッチの種類」を半ば無意識に選び分けながら、演奏しています。
雑音が多く含まれるようなタッチを使えば、
音は硬く聞こえます。
そして、ダンパーペダルにより増響された「雑音」の響きは、
純粋な弦の響きを邪魔する ために、
純粋な弦の振動による音は 伸びづらくなります。
【タッチと音色について関連性をもっと詳細にお知りになりたい方には、こちらの一冊をお勧めいたします。
科学的な実験とその検証結果などがまとめられており、ピアノにおける雑音など、「音」に関する研究結果は、第八章に綴られています。】
(ピアニストの脳を科学する~超絶技巧のメカニズム~/ 古屋晋一 著・春秋社)
まとめ
ピアノの構造を知ることは、ピアノの上達の第一歩です。
操らんとする楽器を探求することなくして、より良い演奏の追求は望めません。
ピアノという楽器は西洋音楽史上で、もっとも大きな変化を遂げてきた楽器です。
そして、鍵盤楽器の奏者たちや作曲家たちは、
ピアノの楽器の変化と供に「最も効率的な奏法」を更新し続けてきました。
しかし今日のピアノ教育は、そんな更新された情報からは、
全くといって良いほど遅れをとっています。
手の故障や、体の不調になやむピアニストが多く存在することが、
正にそれを象徴しているといって良いでしょう。
「良い音楽」と「正しい、安全な奏法」は必ずしも一致していません。
熱心で才能豊かな音楽家たちは、ひたすらに「良い音楽」を求め続けることに加えて、
自分たちの体のこと、そして楽器に対する深い理解を通して、
「美しい一音」
を追求して欲しいと切に願っています。
「正しい発音による美しい一音」はピアノ演奏の基礎です。
磐石な基礎を携えることで、真に創造的な演奏は実現するのではないでしょうか。
いままでは謎の深かったピアノという楽器も、
今日では、科学的に証明された
「美しい音」、「効率的な奏法」が確実に存在します。
美しい音ってなに?正しい奏法ってなに?
そんな素朴で、深い疑問と、徹底的に向き合いたい、
そんな風に私は思っています。
松岡優明(ゆうま)