「ピアノ」その進化と改革の歴史
ピアノは、チェンバロやクラヴィコードを原型とする鍵盤楽器です。
チェンバロは実に14世紀には既に存在していたといわれるほどその歴史の長い楽器です。
鍵盤を押すことで押し上げられる爪が、弦を上に向かって弾くことで発音が得られます。鍵盤を押して演奏する撥弦楽器です。
(ラモー : 優雅なインドの国々より「未開人の踊り」チェンバロ : Jean Rondeau)
貴族達に愛され続けたこの楽器は、美しい装飾を纏う芸術品としての一面もありました。
チェンバロには、音の強弱がつけられないという一つの特徴がありましたが、
その典雅で格調高い響きは魅力的で、撥音された後に減衰していく音に重なり次々に響きあうハーモニーの美しさは唯一無二だと思います。
そしてイタリアのクリストフォリが、18世紀頭に現代ピアノに繋がる新たなメカニズムを完成させ、フォルテピアノが誕生します。
これは世紀の発明ともいえるもので、チェンバロ製作、調律師であった彼の生み出した鍵盤楽器における新たなメカニズムには、現代のピアノにおけるアクションのすべての要素が含まれていたと言われています。(「グランドピアノの仕組み」)
こうして、弦は弾かれるのではなく、叩かれることで発音が得られるようになりました。
それによりチェンバロでは不可能だった音の強弱を表現できるようになり、音量も各段に上がりました。
この新たなアクションによる可能性はヨーロッパ中で注目され、メーカーはこぞってピアノフォルテ製作に携わり始めるのです。
(モーツァルト : ソナタk.545 第2楽章 アンダンテ フォルテピアノ:Kristian Bezuidenhout)
フォルテピアノは 現在のグランドピアノに比べ、そのアクションが非常に軽く、強い力や体の重みはそこまで必要とされません。
現代のピアノに比べると音量は非常に小さく、音の減衰も早いのですが、木の温もりを感じさせるような温かな音色は美しく、心の機微が手にとってわかるような繊細な表現力がとても魅力です。
現在のピアノよりも、タッチに繊細な反応を示し、その変化を敏感に音に反映します。
現代ピアノを弾くような、強い力で深い打鍵をすればたちまちに音は潰れ、その輝きは失われます。
木製のその楽器は、まだ強固な作りではありませんでした。
その代わりに、音色を変化させることに関しては、現代のピアノの何倍も長けていた、と言わざるを得ません。
それからめまぐるしいスピードでピアノという楽器は進化して行きます。
産業革命も助ける形で、
大きなホールでの演奏にも耐えうる十分な音量を目指した、金属のフレームが採用され20世紀頭にはほぼ現代と変わらぬアクションを持つようになりました。
そうして得られた、パワフルで華やかな音色、多彩なディナーミクによる表現力は他の楽器とは比べものにならない程のものです。
現代のピアノはメカニックや構造に優れ、もともとの音色が十分に美しいために、タッチを磨く作業はそこそこに、その重い鍵盤をいかに素早く、強く連続的に押すか、という次の問題に立ち向かう人が多いように思います。
もちろんそういったテクニックも、現代のピアノが孕む一つの困難なのですが、
それと同等もしくはそれ以上に、この圧倒的に大きな「重さ」を必要とするこの楽器において、フォルテピアノで理想的な音色を得るときのような、
「深すぎない打鍵」を実現し、
倍音を含んだ、多彩な音色の世界の可能性を示し、実現させることこそ、また非常な困難なのです。
現代のピアノ奏法は大きく分けて二つの発想があります。
チェンバロ的な奏法にみるような、「連続する打鍵の効率性」に立ち返るような発想と、
音色を大切にするために、腕や体の重量使い「重さ」と「深くない打鍵」を効率的に両立させるという発想です。
その後者こそが、ロシアンメソッド的な発想なのです。
(「ロシアンメソッドって何?」では、旧ソビエトで何故現代のピアノにおける独自の奏法が生まれたのかに触れています。是非ご参照ください。)
松岡優明(ゆうま)