#1 ショパンエチュード研究 シリーズ第一回「黒鍵」(1)
こんにちは。
松岡音楽教室講師の松岡優明です。
早速ショパンエチュード研究 シリーズ第一回をスタートさせて頂きたいと思います。
さて、第一回である今回は、
全27曲のエチュードの中でも恐らく最も演奏される機会が多いと思われる、
作品10の第5番 通称「黒鍵」を取り上げたいと思います。
ショパンのエチュードは指の鍛錬を目的とはしておらず、
柔軟な手、そしてなにより手首の鍛錬を目的とした練習曲であると考えます。
おそらくきっとそのことに気付いている人は多いのではないでしょうか。
ショパン考案した全く斬新なピアニズムに関しては、彼の残した多くの書簡や、関連する書籍からある程度考察する事が出来るかと思います。
そのことは、随所に見られるショパンの独特の指使いにも現れています。
指使いは、何かしらの目的を最も合理的な方法で達成するために指示されています。
「指使い」という一つの結果から逆算するように演奏方法を考えていくことで、
手や体の使い方が徐々に解明され、
「音」という一つの答えに近づくことが出来るのだと思います。
例えば有名なノクターンop.9-2で
このように降りてくる音階に指示された不可解(?)な指使いを見ると、
ショパンの奏法が、従来とは全く異なる「合理性」の上に立っていたことがわかります。
この5-5-4-5と指示された箇所に、
もし特別な指使いの指示がなければ
5-4-3-1 あるいは 4-3-2-1
など、指がスムーズに次の鍵盤へ移るような指使いを採用するでしょう。
ショパンのピアニズムは当時主流であったような、(そして今でも主流であると言わざるを得ない)チェルニーやベートーベン、あるいはリストの延長線上には、決して無いのです。
ショパンの提案する基本的なポジションは、鍵盤に対して水平ではなく短い小指側へと手をに自然に傾けた形です。
基本的には2、3、4といった長い指が自然に伸びるよう黒鍵に配置します。
そして動き方や配置的にも他の4指とは異なる親指は、2345側からの手首の旋回によって鍵盤に触れるように打鍵します。
手が雫のように鍵盤に落ちるかの如く、
手首を柔軟に使い、
決して指をバタバタと動かさないようなショパンの奏法は、その当時と比べて重くなった鍵盤を合理的に奏するために腕や体の重量を使う重量奏法の基本的な考え方にも繋がってくるものです。
チェルニーの延長線上を辿るようにテクニックを習得してきた多くの学習者にとっては、
この練習曲をショパンの奏法で演奏することは非常な困難に思えるかもしれません。
しかしショパンは自身のピアニズムについて、
学習者が誰でも簡単に出来て、且つ単純に実践出来る方法である
と明言しています。
確かに、手が柔軟であれば良い
というのは極めてシンプルな発想です。
しかし、同時にそのためのあらゆる無駄を排除する取捨選択は一筋縄にはいかないかもしれません。
このシリーズを通して、一人でも多くのピアノ学習者が演奏上のあらゆる問題を解決出来るような一助となれれば、と考えています。
それでは、このエチュードのテクニック的な解説を通して、ショパンのピアニズムとは一体何なのか、
私の出来る限り、徹底的に解剖していきたいと思います。
作品10 第5番 「黒鍵」
右手の快速なパッセージが終始黒鍵のみを演奏することから「黒鍵」の愛称で親しまれるエチュードです。
まずこのエチュードの主な目的は、
しなやかな手首の旋回です。
この様に2の指を軸にして旋回するような動きです。
ちょうどマリンバ奏者が片手に二本バチを持って、トレモロを奏でる時のような手首の動きです。
基本的に、このエチュードでは主にこの手首の旋回する動きを終始使って演奏します。
私たちの五本の指はそれぞれ長さが違い、
ピアノの鍵盤もそれに寄り添うように、
黒鍵が高さを持って配置されています。
五本の指の長さや配置に合わせて、
旋回する手首の動きを自在に調整できるようにすることも、大事な目的の一つでしょう。
そして、それを補うように打鍵をサポートするのが、
「虫様筋」を使った、
指一本一本が手の平に向かって倒れるような動きです。
これまで、基本のタッチ(ロシアンメソッドって何?(4) で詳しく紹介しています)を通して、
虫様筋を手の中の支えあるいは指の支えを作るために使うように説明してきました。
しかしこのような速いパッセージを演奏するときには、全ての音を手首のエレベーターで一つづつ演奏することは勿論不可能です。
そんな時には、
この虫様筋を使った指一本一本が前に倒れるような動作が、
しなやかな手首と連動することがとても重要になってきます。
これは、シリーズを通してほぼすべてのエチュードにおいて前提となってくる大事なテクニックです。
虫様筋体操では5指を同時に前に倒しました。
その感覚をそのままに、
今度は一本一本を倒していきます。
それを鍵盤上で行うときには
この様に、
指の付け根から指先の少し向こうまで細長い棒が伸びていて、
その棒の先っぽが鍵盤を打つように、指の付け根を動かすような
イメージを持ってみてください。
指先の意識が薄れ、徐々に虫様筋で指の根元を前に倒すイメージが掴めるようになってくるでしょう。
このときに重心がカカトにあったり、
上体が少しでも後ろに倒れていたりすると、
肘が固まったり、指先へ意識が集中してしまう原因となります。
このようにして音の輝きが失わないためにも、
姿勢を自然な前傾に取るようにして、
おへそに体の中心を据えましょう。
すると肩前に外れたように手が楽になり、あらゆる手の動作がスムーズになります。
足の支えは基本的には、
母趾球(親指の付け根あたり、土踏まずの上に位置する膨らんだ部分です)
がその6割を担うようなイメージが良いかと思います。(これはあくまでも手を楽にする為なのでそれぞれが自然と感じられるバランスを見つけるために、足の支えにも気を配ってみるのが良い、ということです。)
(2)へ続きます。
松岡音楽教室
松岡優明