#5 ショパンエチュード研究 シリーズ第二回 作品10-1 (3)
では、左手についてお話していきたいとおもいます。
右手のパッセージに豊かな色彩感と響きを与えるためには、
左手のオクターブによるバスの音質は非常に重要です。
この左手のポイントは「倍音を豊かに響かせる」ことです。
左手の重厚な音が豊かな倍音を響かせる事によって、右手の音が星の光のごとく輝きを放つための「背景」が準備されるのです。
この曲では、左手が忙しく動き回ることは一切ありませんので、
ロシアンメソッドって何?(4) でもお話した基本のタッチをそっくりそのままに採用することができます。
虫様筋で手の中を支え、
手首をエレベーター
のように使うことを推奨していますが、
今日はその基本のタッチに加えて、豊かな響きを獲得するためにさらに2つの弾き方をご紹介したいと思います。
まず一つ目は、鍵盤を手のひらで掴むような動きを伴う打鍵です。
これは、手が鍵盤に触れる時に鍵盤の音のなるポイントを手の平で掴むような方法です。
この発音のポイントは表面から4mm~7mmほど下にあるのですが、これはピアノによって個体差のある部分です。
また、これは打鍵のスピードによっても微妙に変わってきます。
(右:鍵盤の底 左:発音の得られるポイント)
まず、手の中に虫様筋で軽く支えを持ちます。
そして手首のエレベーターを使って鍵盤に向かい手を下ろしていきます。
そのときに、肘は決して外に出さずまっすぐに下を向くように構えます。これは正しい脱力の為に非常に重要な構え方です。
肩は体から外されたように自由な状態をキープするために、背筋を伸ばして背中をそり返さず、腰を自然に丸め、それを背中側ではなくおへその辺りで支えるような意識を持ちましょう。
そして基本のタッチとは異なり、
指を全く動かさないのではなく、
うえに上げた動画ように指を内側に軽くすぼめます。
手首のエレベーターの動きにプラスして、この指が内側にすぼむような動きを使い、打鍵することになります。
このように弾くためには、上腕の下側の筋肉で手全体の重さを支えるよう意識する必要があります。
そうすることで、完全な脱力により手の重さを鍵盤の底に預けきってしまうことによる「音割れ」はなくなり、
耳はリラックスした状態で、
ぼーっと広げて捉えるように、空間に響く音を隅々まで客観的に聞き続けることができるでしょう。
打鍵に際しての手をすぼめる動きはすこし速いため、わかりづらいかもしれませんが、指を立てに動かすというよりは、手のひらの筋肉の収縮で、
外側から
掴んでくるように動きます。
また、鍵盤を堅いものではなく、
弾力を持った粘土のようなものであるとイメージすることはとってもオススメです。
この弾き方は、基本のタッチに比べ、より確実に発音のポイント、鍵盤の底を感覚的に把握できている必要があるため、少し難易度は上がりますが、このタッチを習得することで肘をさらに楽にしやすくなると言えるでしょう。
もう一つは、ネイガウスが推奨している
「手が小さい人」のためのオクターブの奏法
です。
先ほどご紹介したタッチでは、
白鍵でのオクターブポジションも上からとることになるため、手が小さい人にとっては少し困難を伴うことがあります。
しかし、このネイガウスの推奨するポジションの取り方はきっと実践に役立つ、効率的なオクターブの打鍵方法です。
白鍵黒鍵を問わず、オクターブを上から掴むのが難しいと感じる方は是非試してみるとよいかと思います。
では、このタッチについて詳しく説明していきます。
このタッチは
手首のエレベーターを使うこと
打鍵に際して手首から先を動かさないこと
の二点に関しては基本のタッチと全く変わりません。
ただ、ポジションがかなり異なります。
鍵盤に向かい、手を以下のように構えます。
このように、鍵盤の外からポジションをとることで、手が小さい人でもオクターブの内側の音を触るリスクは格段に減り、
音を外す恐れの為に、脳の容量を音を当てるための極めて無駄な容量を使うことは避けられるかもしれません。
また、このようなポジションにおいても、指の横で打鍵するために、指の支えが崩れにくく、十分に音を響かせることが可能です。
この構えのときに手首はこのように
小指と親指の先へまっすぐ向くようになります。
このときにも、
上腕の下の筋肉に手の重さ支えるよう心がけましょう。
ポジションが広いことにより虫様筋による手の中の支えが少なくなってしまっていたとしても、
指を関節の曲がらない方向である
横から
打鍵につかうことで自動的に指は打鍵に耐えうる強度を獲得できるのです。
こうして、左手が豊な倍音を獲得できたなら、
右手の1音1音は、その倍音上に配置していくようなイメージでもって、左手の響きに重ね合わせていきます。
1音1音を、星々を束ねる星座のように繋ぎ、美しいハーモニーを作っていきましょう。
右手は、「粒だち」という概念から、音をただただ並べるようなことが決してないよう、しっかりと音に集中できるとよいでしょう。
最後に、
基本的に共通する体の使い方に関するヒントを一つ挙げておきたいと思います。
意識することとして知っておくべきことは非常に単純です。
内側あるいは、下に向かいに収縮する筋肉を使うときに体が非常にリラックスできるのに対し、
外側に反るために使う筋肉や、上に向かう動作は体のあらゆる部分に緊張状態を伴わせがちである、
ということです。
筋肉を収縮させる動きには、必ず反対側の筋肉を伸ばす筋肉の動きが伴います。
ある一定の動きを、
筋肉を伸ばすことで行うのか、あるいは収縮させることによって行うのかによって、
その動作に大きな違いこそ生まれませんが、
収縮させる方の筋肉を意識する
ことで、
体は極めてリラックスした状態を保つことができます。
このことは誰もに共通しており、体の効率的な使い方を心得、
実践に役立つ正しい脱力の方法
を実感するためにも、是非覚えておいて欲しいと思います。
この単純な体の構造の知識は、
「脱力」の方法やその捉え方をより確実で易しいものにしてくれるでしょう。
手首のエレベーターによる打鍵も、
上腕の上側の筋肉を伸ばすことにより行うのではなく、下側の筋肉を使う意識を持つことで、
耳の緊張状態はなくなり、それに伴い聴覚の感度を落とすことはありません。
また、手を上げる動作は「上げる」と考えずに、
上腕の上側の筋肉を収縮させる意識で行うことになります。
この筋肉の使い方を覚えたら、
あとは
肩から指先までを動かすエンジンは手首にある
というような意識で自由に使えば、
体に無意識的に緊張状態を強いることはほとんどなくなります。
是非参考にしてみてくださいね。
次回は第3回として、
第3番 通称「別れの曲」
を取り上げたいと思います。お楽しみに。
松岡音楽教室
松岡優明